天正10(1582)年10月、猫城で敗退した沼田勢に対して、今度は北条氏邦が攻撃を仕掛けてきます。
沼田城代の矢沢頼綱は、長井坂城に恩田越前守、鎌田城に加藤丹波守、そして阿曽城には金子美濃守を配置してこれに対抗します。
長井坂城を攻める北条氏邦の軍勢は約5,000、対する恩田越前守の兵は約200しかいません。激戦の末、ついに恩田の兵は10を割ってしまいます。
恩田は家来の千喜良與兵衛の機転により敵の囲みをくぐり抜けて脱出しますが、長井坂城は北条方に占拠されてしまいます…。
ちなみに千喜良與兵衛の機転というのは、
恩田「この小勢では裏門から逃げられん!」
千喜良「敵に紛れて逃げましょう」
→大手門をサッと開けて敵のなかに突っ込む
→バレる
敵「恩田だ!逃がすな!」
千喜良「同士討ちはやめろ!」
敵「え!?」(疑心暗鬼)
→恩田逃げおおせる
というものです。
長井坂城跡は関越道の長井坂トンネル北側入口の真上にあります。昔は国道17号も関越道もないから、こんな山の中を行軍していたんですね。
そして、城跡の北側からは高速道路を見下ろすことができます。たまにはこんな眺めも新鮮ですね。